関ヶ原の戦いは何故半日で終わったの? 超簡単に解説

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歴史には本当に疎くて今やっている真田丸を見ていても
今ひとつ状況が良く分かっていません。

この前の真田丸の放送では徳川の東軍と石田三成の西軍がぶつかるという話で
これが世に言う「関ヶ原の戦い」だったようです。

天下分け目の関ヶ原とよく聞きますが、戦いはたったの半日で
東軍の勝利で終わりました。

何故、この大戦がこんなに簡単に終わってしまったのか、
調べてみましたので超簡単に解説してみます。

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関ヶ原の戦いを超簡単に説明

天下分け目の関ヶ原というフレーズをよく聞く「関ヶ原の戦い」
その戦いはたったの半日で終わってしまいました。

この戦いをきっかけに徳川が天下を統一して江戸幕府を開くことになります。

関ヶ原の戦いで東軍が勝利したのは
簡単にいうと西軍の小早川秀秋(こばやかわひであき)が戦いの最中に
裏切って東軍についてしまったためです。

小早川秀秋は立場上西軍についたのですが、本当は東軍に付きたかったのです。
実際にも徳川から寝返るように再々進言されていました。
戦い中も両軍の戦いを見ながらどちらの軍に付くか悩んでいた時に
徳川から大砲を直接打ち込まれて「徳川が怒っている」とビビってしまい、
東軍に寝返り突如西軍に攻撃を始めました。

この裏切りにより、戦況はあっという間に東軍が有利となり
そのまま東軍の勝利となりました。
夜明け前から始まった「関ヶ原の戦い」は半日(約6時間)で終了しました。

西軍についた武将や大名たちは処罰され領地を取られてしまいました。

以上、関ヶ原の戦いを超簡単に説明してみました。
タラレバですが、小早川秀秋の寝返りがなかったら西軍の勝利だったのでしょうね。

石田三成は本当に人望や人気がなかったようです。
豊臣家のためだけを思い尽力してことをほとんどの人が理解できなかったのは
この人の器なのでしょうか?

さいごに

石田三成、あまり良く言われない人物ですが実際にはどうだったのでしょう。
とても忠誠心のある、武士らしい武士だったのかもしれません。


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